スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |
まめ、またね。


まめ 2000年春生まれ~2012年10月26日虹の橋へ


まめとの出会いは、
うちの横の路地でのら猫かあちゃんが子育てしだしたのが始まり。
ガリガリになり必死で育ててるかあちゃんと、
兄弟姉妹がお腹をすかせている姿が可哀想に思いご飯をあげだした。

その後、これ以上増えないように捕獲して不妊手術し、
自宅が猫嫌いに囲まれているため、物置を買ってきて
秘密の入り口をくり貫き中を猫小屋に改造して
猫たちの存在が目立たないようにし、
冬にはそこにヒーターを入れ、猫の額ほどの庭で見守ってきた。
いつ近所の人に見つかるかと何年もヒヤヒヤしながら。


不妊手術をしてるから、行動範囲が狭く親兄弟姉妹が仲良く暮らしてて、
私の車の音を聞きつけると、みんなで駆け寄ってくる姿がかわいかったぁ
でも、どの子も触れない子やった。
外で暮らす子は、下手に慣らすと虐待の対象になったりして危ないから。

一度、まめが2ヶ月齢の時に捕まえれるチャンスがあったんやけど、
危機を感じたかあちゃんの悲しい表情を見たら捕まえれなかった。
今から考えたら、感情を押し切ってでも子猫は捕まえて慣らし里親募集、
かあちゃんだけをTNRすればよかったとは思うけど、
当時は、TNRでいっぱいいっぱいやったんかもな。


数年経ち、
兄弟姉妹は次々に姿を消し、かあちゃんとまめだけが残った。
奥の方の住宅街のため限られた車しか通らへんし、
病気の管理もしてたので、今でもなぜ忽然と姿を消したのかわからへん。


それからまた数年経ち、
かあちゃんが歳老いて、酷い口内炎で水を飲むのすら辛くなったとき、
もう家に入れなあかんと思い捕獲したんやけど、
片時も離れたことがないお母ちゃんっ子やったまめが発狂したので
後日まめも捕まえた。


かあちゃんを抜歯して口内炎はある程度収まり、
これから、かあちゃんもまめも家猫でゆっくりと暮らせるんや
と思ってた矢先に、かあちゃんが腎不全で亡くなってしもた。

かあちゃんの亡くなったことが理解できず、
外にいるもんやと思い込んだであろうまめは、
それから猫小屋のある窓に向かって1ヶ月近く鳴き続け、
やむなくリリースすることに…。


それからもいろいろあったけど、2008年の大晦日、
裏の戸の前で、観念したのか自分から入れてほしいと言うてきた。
入れた途端に猫ベットの中に潜り込み(笑)もう外へ出たいと
鳴くこともなく、まめを家猫にしたいと思ってた願いが叶った瞬間


もうひとつの願いは、触れるようになりたいこと。
それも、苦節10年を経て叶った。


白血病キャリアを陰転させ、口内炎も抜歯でなんとか克服、
3度の入院で危ないことも多々あったけど、その度に乗り越え、
まめは、とってもがんばった。


これからは、ずっとずっと幸せに暮らすはずやったのに…。



9月から、腎不全末期のため強制給餌と自宅点滴開始。
その間、ゆきっちゃん保護や、あんちゃんの家猫修行、
はっちゃんの里親募集、そして、わんこのローズが寝たきりになって
ダブル介護にも突入し慌しい日々になった。

穏やかに過ごしてほしく、極力通院も避けたかったので、
先生に無理をいうて使う薬品も自宅にすべて揃え、
サプリも取り寄せて、自宅介護に専念することに。


でもその甲斐なく、10月21日に容態急変。
尿毒素が回ったのか、水も飲めなくなった。

もう危ないなと思い、1週間のうちに休みを4日間入れて
もらったんやけど、26日は、どうしても外せない
人がいない間の最短3時間勤務ということで出勤した。

出掛ける前に
横たわるまめの目を見て、「絶対、帰ってくるまで待っててや。」
と手を握ったら、にぎにぎと握り返してくれた。
後ろ髪を引かれる思いで出勤…。

あと30分で帰れると思ったとき、自宅から電話があった。
その瞬間、もう何が起こったのかわかった。
家人♂が帰ったら、既に息がなかったらしい。


なんてこと…かわいそうに、ひとりで逝かせてしまった。
変な責任感なんか捨てて、会社なんて休めばよかった!!
後悔先に立たず、何度繰り返したら学習するんや、私のあほ!!

最期を看取れないことは、
親にとっても子にとっても一番辛いことなのに…。






約束を果たせなかったと思ったら、まめが悲しむから、
もう二度と握り返してくれることのない手に触れながら
「約束のことは、もうええんやで。
 お母ちゃんこそ、おらへんでごめんな。」と伝えた。






まめが大好きで、闘病中もずっと舐めてくれてたたまが
お別れの挨拶をしてるんやろか。






28日に、
まめのかあちゃんが眠ってる京橋の慈愛院(お寺)でお葬式をした。
生駒で火葬した帰り際に、お坊さんが、
「帰ったら、お気に入りの場所へ一度置いてあげてくださいね。」
と言うたので、日向ぼっこをして好きやった窓辺に一旦座らせたら、
おかえりと言わんばかしに、たまとはなが寄り添って。

ここは、猫小屋があった場所でもあるから思い出深いと思う。







かわいいまめ、またね。

そして、ごめんね。

スポンサーサイト
【2012/10/29 04:52】 まめ | トラックバック(0) | コメント(20) |
まめ爺、食欲廃絶
まめ爺が、まったく食べなくなった。


入院中、静脈点滴してた時はなんとか食べてたらしいけど、
4日に退院してからというもの、ちょぼちょぼと舐めるくらい。
入院したらいつも復活してくれるんやけど、
今回はそうはいかんかったみたい。

なるべく強制給餌はしたくなかったので、なんでもええから
口にしてくれたらと、とっかえひっかえしたけどダメ。

ついに、強制給餌と輸液を自宅ですることに。
うちでは、療法食のa/d缶とかは使わなくて、
アズミラ オーシャンフィッシュ缶&サプリ数種を乳鉢でゴリゴリすって、
カテーテル用のシリンジ(←ここがミソ。先が太いので詰まらない。)
で食べさせるのら。体が弱ってるときこそ、
ナチュラルなものを入れて体の内から力をつけさせんとね。





なんでか、あんちゃんが入ってたケージがお気に入りで、
茶トラちんを、この広いケージに移してやろうと考えてたんやけど、
まめ爺に譲った。好きなとこにおらしてやりたい。
茶トラちん、ごめんにゃ。





血便と嘔吐に少し血が混じったので、
ホームドクターは遠くてからだの負担になるし、家の近くの先生とこへ
行って調べてもらったら、血中尿素窒素は170越え。腎不全末期。
今月1日は125やったのに一気に170まで上昇かー。
腎臓のせいやなとは思ってたけど、ここまで悪くなってるとは…。

これから、痙攣を起こすかも知れない。
連続で起こすようなら安楽死も考えてあげた方がいいと言われたけど、
安楽死はまださせたことがないし、自分の手で命を止めることには
やっぱり抵抗があるわ。
犬も猫も腎不全で見送ったことはあるけど、痙攣は起こさず
最期は昏睡して比較的穏やかに逝った。
ただ、苦しみもがいたら考えるときが来るのかも知れへんけど…。


家に入れて何年経つんやろ? まだ3年にもなってないな。
10年近く外で苦労したんやから、余生は楽しく暮らすはずやったのに。

いやいや、まだ諦めてへんで。何度も生死を彷徨って生還したまめやもの。





おかんの強制給餌がへたくそやから下あごがドロドロやにゃ


今まで何頭か介護し見送ってきたけど、仕事しながらはしんどいもんやね。
4年前まで両親の介護でずっと家におったから、四六時中付きっ切りで
あれのこれのと手を掛けてあげられたけど、今は時間が限られるから
ケアーを十分にしてあげられへんし、仕事中は気が気でないわ。
っても、仕事せんことにゃ犬猫の莫大な医療費や養育費が出んもんな

ローズばぁさんも、最近めっきり足腰が弱って、前足だけでずりながら
這ってることが多いし、室内トイレに間に合わんとしっこもうんこも
漏らすようになってきたので、大型犬だけに急にガタッとくるのがおとろちぃ。
足の先に腫瘍らしき物も出来ちゃったしな。
(歳いってるので手術不可でサプリで対応してます。)

普通なら、我が子の介護だけでもきゅーきゅーやと思うんやけど、
そのうえ、里親募集もせなあかんとなると、やっぱきついもんがあるにゃー。
・・・いや、自業自得なんですけど(笑)
一筋縄で行かん子ばっかやし、いま募集を掛けても近場なら行けるけど、
遠方となるとまめ爺置いて行けそうにないし悩むところだわ。


ハハ… なんか愚痴っぽくなってしまいました。
こんなん言うとったら、いっぱい抱えてがんばってるボラさんに
「なに甘いことゆーとんねん!」ってお叱りを受けそうf(^^;)
がんばって突き進もー。



ぽちっと応援よろしくお願いします。にほんブログ村 猫ブログ 猫 里親募集へ ありがと○┓
【2012/09/17 04:55】 まめ | トラックバック(0) | コメント(10) |
まめこちゃん

ふっと横を見たら、まめ爺が「まめこちゃん」になっていた






首輪がカチューシャみたいになってるんよね。

外れるバックル(セーフティ首輪)なんやけど、
首輪自体が緩んで外れなかったんや

可愛くて笑えるけど、安全面では笑えないので、
このあと、首輪が緩まないように縫い付けました。

にしても、カチューシャのまめこちゃんは可愛いにゃー。
あ~、また おバカ

more…
【2012/05/09 23:59】 まめ | トラックバック(0) | コメント(2) |
苦節10年

10100351.jpg
どうだ~?


10100781.jpg
触れるようになったよ。


苦節10年、やっと触らせてもらえるようになった。


ずっとお外で見守ってきて、ようよう家に入れることが出来たけど、
生粋の野良っ子だったから、警戒心が解けずに家庭内野良化してた。
自分の欲求で触りたいのに触れないのはまだ耐えれるけど、
病気になった時は完全に不利になるから、最初は棒で撫でることから初め
次第に手で撫でれるよう慣れさせる方法で、ようようここまできた。

なんでかというと、
私には、目的というかクリアーしなければならないことがあったから。

家に入れてから、この子はみんなに好意的やったけど、
家猫のボスが敵視してしまい、寝込みまで襲う始末。
ネットで部屋を隔て隔離するしかなくて、私たちが居てるリビングは見えるけど、
こちらには来れないし、1匹やと寂しい、他の猫たちと暮らしたいといって鳴く。
だから、応急処置でこんな物を作ってみた。


10100532.jpg
このキャットウォークを渡るとね、


10100302.jpg
リビングまで来れるの。

杏さんが、壁をぶち抜いて猫の通り道を作ったって話からヒントを得た。
ちんまりとベッドで寝てはります


対面時間も伸びたので、ボスと接触させるも、やはり攻撃が収まらない。

もともと、うちの子たちは、そんなイケズに出来てないのになぜ?
保護猫が入れ替わり立ち替わり入っていたので、よそ者が入るのには慣れてるし、
どんな子が来ても、それなりに仲良く暮らしてた。

だから、なんで、そこまで嫌われるのか考えてみた。
相性というよりは、酷い口内炎でドブの様な膿の匂いやからかも?
大袈裟ではなくて、口臭が部屋中に充満するくらい臭い。

ボスは、自分のテリトリー内に病気を持ち込まれるのを嫌う。
明らかに、病気の臭いをさせているこの子が気に食わないんやと仮定した。

クリアーしなければいけないこと=捕獲器を仕掛けてももう二度と入らないから、
信頼関係を作って手動で捕獲、手術すること。
もちろん、第一の目的は、苦痛を取ってQOLを上げてやりたいから。
サプリで抑え込むのも限界やから、抜歯で早く治してやりたいと思ってた。


11月19日に手術の予約を入れ、徹夜してドキドキしながら無事捕獲成功。
ずっとお外で暮らしてきたから、10歳といえども家猫年齢からしたら
もっと歳をくってる計算になる訳で、
手術の麻酔が覚めるだろうかとか、とても心配したけど、無事に戻って来た。
あれだけ酷かった口臭も、嘘のように無くなった。

ひとつ壁をクリアー出来て、ホッとした。

5日間、今までの隔離部屋で養生させた後、家猫たちと同じ部屋に放った。
すごくドキドキした。
でも、人間が介しても動物の仲はどないにもならないのでそっと見守った。

大胆にもボスに挨拶に行き、頭をごっつんこ…そして鼻チュー
成功!いきなりの挨拶に驚いたようだけど唸りながらも認めてるやったー


猫は、ふとしたきっかけで、性格というか態度が変わる。
手術を終えた日を境に、より一層仲良くなれた。
足元とまではいかないけど、代わりに壁にスリスリして甘えてくれるようになった。
もう少し大胆に触っても、逃げずに頭を傾ける。

こんな日が来るなんて夢みたい!


1010011.jpg11010052.jpg
険しかった表情も、               丸くなったよ。


なのに、なんで上手いこといかへんのかな?
素敵な時間は、20日間しか続かなかった。
まるで、めろんの時を思い出してしまう。

12月15日、この子はフラフラになった。
糖尿病・アシドーシス・腎不全・低体温・黄疸…非常に危険な状態。

それに、頼りになるホームドクター(ボランティア動物病院)の休診日。
いつもなら、休診日だろうと夜中だろうと叩き起こすんやけど、
新病院へ移転したばかりの時期と重なって遠慮してしまった。

それで、近所の病院へ駆け込んだのが、そもそもの間違い。
目は朦朧とし、私のことすらよくわかっていない様子で、
一向に良くならず、体力は消耗していくばかり。
低体温を改善するためにも、強制給餌で流動食を入れて欲しいと頼むと、
フードを5粒食べさせたけど、口をこじ開けた際に手を噛まれたと話す。
5粒だけ?!ありえへん。

「じゃ、私が食べさせますから、流動食をシリンジに入れてもらえませんか?」

「そんな嫌なことをしたら、ショック死しますよ。」

私にしたら、口をこじ開けて1粒ずつ食べさせる方がストレスやと思いますけど…。

ここに居たら、助かるものも助からないと思い、この状態で動かすのは怖いけど、
入院3日目、ホームドクターに電話して受け入れ要請した。

ここからホームドクターへは、高速を使っても早くて45分掛かる距離。
移動の間、怖くて怖くて仕方なかった。

案の定、途中から様子がおかしくなり、痙攣しだして…
車を止めれば処置が遅れるので、非常事態でも運転し続けるしかなかった。
叫びながら運転した。

やっとの想いで病院へ着いた時は、目を見開き、手足を前に突っ張らせたまま
ピクリとも動かない。
今まで、看取ってきた子たちの最期と同じ姿…。

「先生、死んでしもた?!」

先生は何も答えてくれずに黙々と処置を続ける。
こんな先生初めてや。空気が凍る思いやった。

おでこを引っ付けて、「大好きやからがんばって。」と呟いた。


……………動いた!


先生は保育器に入れてくれて、猫は食べないとダメになるからと、
毎日シリンジで何回も強制給餌してくれた。
野良っ子やけど、強制給餌でショック死なんてしてないよ、ヤブ先生(苦笑)

体温は、半日で正常値まで戻った。
黄疸もおさまった。血糖値も適切なインシュリン量でなんとか安定してきた。
毎日、少しずつ少しずつ回復していく様子を見るのがうれしかった。


10100742_20101230042614.jpg10100182_20101230042647.jpg1010020455.jpg
ネットを外して元あるキャットウォークと繋いだら、みんなのいい遊び場に変身。


日頃、携帯をほったらかしの私が、毎日携帯と添い寝してた。
クリスマスの日に朝から携帯が鳴った。
着信は、動物病院…まさか?!

「非常に残念ですが……(沈黙)」

え?!うそやろ、なんで?!と心の中で呟いた。

(ここから、先生の声のトーンが上がって)「お迎えに来たって♪」

電話口の後ろで看護師さんたちがクスクス笑ってる。

へ?!
だ、騙された!起き抜けから騙された…(-_-;)
先生、心臓に悪すぎるわ!大阪人やからって、オチはいらんってば。
(ちなみに、先生と私はなーなーの仲なのでハメられただけで、
 当たり前ですが、普通の患者さんには絶対しません…のはず


ってな訳で、
本当は、もう少し観察が必要やったけど、まったく自分から食べようとしないので、
自宅の慣れた環境に戻して療養してやった方がいいという先生の見解で
26日に退院することになった。合計12日間の入院やった。

まだまだ不安定さも残り、食も細すぎて、私も心細いけど、
どんな形にしろ、生きて戻ってくれたことはすごくうれしい。


10100667.jpg
食べた!食べた!
自力で食べることは、ハイジの「クララが立った~!」くらいうれしい。


更にうれしいことは、お見舞にいく中で、前よりも増して仲良くなれたこと。
頭をごっつん、ごっつんとして甘える、小さなゴロゴロも聞こえた。
ここまでの道のりは長かったけど、もう立派な家猫やね。

このまま、この子と幸せな日々が過ごせますように。
そして、早くぷっくりとして元気になってほしい。




Special Thanks!!
風子の母さま ご支援金46000円
全てこの子に使わせていただきました。本当にありがとうございます。



【2010/12/30 21:37】 まめ | トラックバック(0) | コメント(19) |
| ホーム |


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。